事務所通信
No.170 20.7.30
―パーキンソンの法則をも上回る日本の現状、
その先に来るものは何か?―
大分県の教育委員会の汚職事件「まだこんな世界が日本で大手を振っていたのか」と認識を新たにしました。密室人事の破廉恥ぶり、採用も昇進も役職者への金(商品券ですが)次第、お金の量と配り方の上手い下手が全て、選考試験は形式ばかり。不正者のリストが明らかになれば、直接、教育現場を直撃し、校長から担任教員まで逮捕者、辞職者、休職者などが相次ぎ「誰も生徒の教育ができない」親も子供に「誰を信用して良いかの話しもできない」状態になってしまいます。ここまで教職の世界が身内主義に毒されていたとは!!
またさらに、地方で就職することの厳しさも分かりました。せっかく大学まで出たのに、就職口は少なく、選択の幅は狭い。安定性や将来性となるとかなり限られています。そこで「どうしても教職員や公務員に」となり、応募者が殺到するのでしょう。応募者が多いのに閉鎖的、密室人事がはびこれば役職者などが顔を利かせます、コネは必然、さらに賄賂も高騰します。
ところで、役所などの官僚組織(もちろん硬直的な企業も同じ)が陥ってしまい、いろんな弊害をもたらす。そのことを、皮肉を込めて指摘したのがパーキンソンで、パーキンソンの法則といい、次の三つの法則があります。
(第一法則) 官僚は自分たちの相互利益のため、官僚の人数を仕事量に関係なく、増加させていく。
(第二法則)予算は支出を先に決め次に収入を決める。そのため官僚は、収入は幾らでも広げられる(増税のこと)と信じており、その収入が増えると、その増加分だけさらに支出を増やす。
(第三法則)一、二のようにして官僚組織は常に拡大を目指します。拡大は複雑を意味し、複雑は腐敗に繋がります。
このパーキンソンの法則は官僚組織のみならず、どんな組織にも当てはまります。でも特に自分の懐が痛まない団体ほど陥りやすい法則のようです。
今の日本の国家予算、歳入の2倍近い歳出で、毎年、国債残高は増え続けています。その上、残業帰りの居酒屋タクシー、防衛機密費のゴルフ三昧、年金データの紛失、とパーキンソンの法則の限界をも超える最悪の官僚組織に陥っています。さらに、官僚組織を取り仕切るべき国会も内閣も何もやれません。「総理大臣も閣僚も衆議院議員も何もしないで、とにかく任期切れまで居座り続けよう」としているだけに見えます。
政治が有効な手立てをしないのを経済界も指をくわえて様子見ばかりです。アメリカのサブプライム問題からの荒波(金融不安に石油や原材料の高騰など)に、経済界は全く指導力を発揮していません。従業員や国民の生活防衛のための収入増にはほとんど配慮しないで、いかに姑息に自社製品の値上げをし、利益を確保していくか、しか考えていないように見えます。
パーキンソンの法則を上回るほどに日本の国家機構が機能不全に陥っているのに、誰も全く責任を取らずに居座り続けているのが問題なのです。でも問題にする段階は過ぎ、今までの国家の指導機関が一掃され、新しい指導者の時代が始まっている証拠かもしれません。今までの指導的機関とは官僚、政治家、経済界などのことです。それは旧支配者が総崩れし、新しい者に取って代わられた幕末や終戦後と同じで、そんな変革の最中なのかもしれません。
幕末から明治に掛けて、武士階級を中心の士農工商という身分制が崩れ、四民平等という国民国家に生まれ変わり、帝国主義的な強国になりました。さらに太平洋戦争敗北後は、軍人、財閥や地主などの支配階級が解体され、個人の自由を大事にする民主国家になり、自由な経済競争で先進国に仲間入れさせてもらいました。今まさにその二つの時代に匹敵する変革が起きているのです。それも内戦も敗戦もないのに起きた変化が静かに進行しています。
時代が大きく変わってきているから逆に、官僚、政治家、さらに経済界という今までの指導的機関は何もやれないのです。パーキンソンの法則以上に膨れ上がった組織は自分自身そのものです。そんな自分の身は削ぐことも解体することもできません。そこでひたすら財源がない、人材がいないと、国民にいろんな負担を押し付けることしか策がないのです。そもそも身内を切って、自分たちをスリムに出来る官僚も政治家もいないものです。同様に、自分にイエスマンの管理者や部下を切れるトップもなかなかいません。だから何も手が打てないことを世の中や時代のせいにして、ただひたすら時の経過を待っているように見えるのです。
これらの人達が何もしないうちに資金力は落ち、日本人は減少し、多くの国民の信用もなくしています。でも心配はいりません。今、水面下で確実に実力を蓄えている層が増えてきています。その者たちに時代の後押しがもう少し強くなると急に浮上してきます。時代が新しくなるから新しい人が出てくるのか、新しい人が新しい時代を作るのか、どちらかは定かではありません。歴史は後戻りしません。もう新しい時代に入ったのです。
では「新しい時代は何か?」そして「活躍する人はどんな人か?」をはっきりさせたいと思います。
まず@「今の資本主義が地球資源の果てしない消費で成り立っている経済体制であること」を真底知っている人の時代になります。消費は人が生きるための悪行的なもので、少しでもものの消費を減らし、無駄をなくし、できるだけ消費を抑えた生活をしようとします。だから事業者となっても、単なる儲けを戒め、人に喜ばれ、自然にもやさしい、などを心掛ける人です。
次にA個人の自立を何よりも尊び、組織に寄り掛かる生き方を戒める、そんなことを身上にしている人の時代です。物事の道理は自分が責任を取れるか否かでスタートし、自己責任が取れることには積極的だが、取れないことは最初から拒絶します。その一方で、自己責任の重さを知っているので、他人には優しくできます。自己責任を全うするために、自分の事業などの組織はシンプルを心掛け拡大主義を戒め、現場第一主義から俊敏で行動的です。もちろん国家との関係は依存より自立の関係を大事にします。
最後にBお金万能の思想から開放された時代になるということです。「お金があれば何でもできる」はもっとも卑しい心です。(卑しいだけでなく、維新後も終戦後も大インフレで旧貨幣はほとんどその価値をなくし、そのため多くの金持ちが没落していったものです。)新しい時代は、進むほどお金では人の心が開かず、感謝や喜びなど心のふれ合いが大事になります。高い志の時代なのです。
TAC 棚橋隆税理士事務所
